今年は定年を迎える年になる。まだまだ若いつもりであって、そう老けてもいないと感じるが、場末のトイレの鏡に写った自身を見るなりその気配にぎょっとする事がある。フランソワ・トリフォーの「恋のエチュード」物語の15年後のエピローグ、主人公クロードがタクシーのウインドウに写る自分の姿に「これが僕か、まるで、老人のようだと・・・」と呟くシーンのように。
企業のサラリーマンとして大した出世もしなかった私。今年の秋は例年より、少しばかりしんみりとした秋になるのだろう。
まあ、だが、これまでの人生、大きな成功、幸運は舞い込むことはなかったが小さな幸運は多々あったと思う。そういう星の下に生まれたのであろうか。オー、小ラッキーマン。そう、いわゆる小確幸の日々が・・・。
レコード・コレクションで、小確幸といえばEP盤であろう。レコードを買っていて思うのは一枚のレコードには、どうしてか、それを買った当時の思い出が、そのレコードのジャケット、音、に沁みこむという現象が起きる。例え、それが小さいEP盤一枚だったとしてもだ。
なぜか、そのレコードに触れるにつれ、ジャケットを眺めるにつれ、そして、音を聴くにつれ、それを買った日のことを思い出すことになる。どの店で買ったのか、店主さんとどんな話しをしたのかとか、その後、どこの場所でどんな食事をしたとか・・・。長い年月を得てその場所が、その街の空気感を、風を、時代を思い起こさせたりもする。それは、まるで、かっての日記を読み返すかのように。
古くて私的なジャズ・レコードEPたち、今回はその欧州編である。欧州のEPのよいところは、米盤に比べ扱われ方が良かったのか程度の良いものが見つかることが多い。そして、音質的にもすべてではないがこれまた水準が高いということになる。
SOUND OF JAZZ PHIL WOODS
これは、西新宿のHAL'Sレコードで出会った。”暖炉とワンちゃんのウオームウッズは高くて手が届きません。”と言った私に対して、それでは、こんなのはいかがですがと教えてもらった一枚だった。このお店はマニア垂涎の超レア盤レコードも扱っている、しかし、当時の私のこうした懐事情にも答える引き出しの広さをも持っているお店でもあるのだ。
そのウオームウッズから、”SQUIRE'S PARLOR”と”LIKE SOMEONE IN LOVE”を収録。ジャケットは一部のみ流用、暖炉なし。
メジャーレーベルだけあって音は良し。だがだ、このアルバム、マイナーからメジャーへとその過程で作りが洗練され、ウッズの棘のようなもの、ジャズの気が希薄に感じられる作品でもあったかも知れない。しかし、このEP2曲の選曲はいい。下積み時代、暖房をとめられた安アパートメントでかじかんだ指に息を吹きかけながら必死にソロを吹くウッズの姿を思い浮かべてしまう。きっと、オランダのレコード会社の制作担当者もそうした思いを込めてこの2曲を選曲したのだ。ウォームだ、冗談だろと。このEPのジャケットに暖炉がうつらないのはデザイン的にではない。意図的に外されたのだ。
PHIL WOODS JAZZ LABORATORY SERIES HALL OVERTON
ホール・オーバートンの所謂、ミュージシャン教則用レコード、これもフィル・ウッズファンとしては絶対にもっていたい一枚だろう。
そのA面はウッズのアルト入り、B面はその音を抜いたもの。このEPはそのウッズ入りのA面を裏表一枚で聴けてしまうという超お買い得盤。(2/20追記 勘違いしておりました。本オリジナルLPはA面に4曲収録されています。すなわち、このEP盤一枚ではすべてをモーラできません。もしかしたら、そちらのカップリンのEPもあるのかも知れません。)スゥエーデン盤。ギンガムチェックのボタンダウン、Vネックセーターの独自ジャケ。音にもそのセンスが反映される。音良し。これもHAL'Sレコードで教えて頂いた。
WINTON KELLY BLUE MITCHELL GIANTS MEETING
ジャケットが安ぽい。これが7インチのエサ箱にあっても反応できないだろう。これもHAL'Sレコードで買った。今回の記事、半分受け入れ。(笑)
だが、これが実に、Riverside RLP 336 つまりは、BLUE MITCHELL Blue's moodsのオランダ盤EPなのである。もちろん、A面に”I’ll close my eyes”収録。音が抜群にいい。サム・ジョーンズのベースがグイグイくる。ロイ・ブルックスのシンバルの鋭い切れ。いい音とは針をおとして数秒で分かるハッとする何かがある。百聞は一見に如かず、百聞は一聴に如かずか。
PLAY BOYS ,Vol.3 THE CHET BAKER & ART PEPPER SEXTET
チェット・ベイカーとスタン・ゲッツは音の相性はまずまずだったがペッパーとは良かった。そのプレイ・ボーイズのGermany盤。音まあまあ。
このレコードを見つけレジに差し出した時、後ろの私より年配のオジサンが言った、それどこにあった。私はレジとなりの7インチの小箱を指さして、えつ、ここに、と答えたのだが。それ、いいレコードだよと、それ幾らと、終始、先輩風。でも、なんかそれがかえって私の優越感を煽り立てる。そんで、私もすっかり初心のジャズ小僧みたいになって、へへっと頭をかきながら、こんなんですけど買っちゃいましたみたいな。(笑)
ベイカー、ペッパー、フィル・アーソのユニゾンの気品はウエスト・コースト・ジャズのマナー。それを、カール・パーキンス、カーティス・カウンス、ローレンス・マクブライドの西海岸ハード・バッパー黒いリズム・セクションが支える。そのオジサンももちろん、若い頃よりこの盤に熱を入れ上げた一人なのであろう。
MINGUS DYNASTY CHARLES MINGUS AND HIS JAZZ GROUP
ご存じMINGUS DYNASTYの英盤、ミンガスが正面を向いているジャケットが新鮮。そのミンガスが若い。但し、音が硬い。まあまあ。
中国の王に扮したかのようなこのジャケット。以前から思っていたがこれは一体どこの場所での撮影なのであろうか。チャイナタウンにある高級広東料理店、飛竜の間での撮影であろうか。(笑)”Diane”におけるローランド・ハナのピアノが素晴らしい。溜息がもれる。
STAN GETZ CHARLIE BYRD JAZZ SAMBA
この仏盤の派手さのないグレーを生かしたシックな佇まいがいい。こういうことをやらせるとフランス人には敵わない。アメリカ人はどうしてもマペットでオッパイ隠す方向に。ワーテルローの戦いで、ナポレオン率いる仏軍隊の陣、装束、配列を見て英国の軍司令官ウエリントン公が言う、敵ながらあっぱれ見事に美しいと。
写真は知る人ぞ知る、J.P.Leloir。世界一洒落を好むフランス人がボサノヴァに反応しないわけがない。初夏、パリ中のカフェのジュークボックスからこのサウンドが流れ出たであろう。そのレコードが今、手元にある。と、思うことに意義がある。
興味深いのが、ジャケット中央にBOSSA NOVAと書かれたテープが貼られていること。おそらく、このEP盤が発売された直後、今だまだ、世界的にもボサノヴァはブームとなっていなかった。だが、やがて、それに火がつく。レコード会社、おい、このジャケットのどこにその表記があるんだ、これじゃ客が分らんじゃないかということで、至急、社員総出で徹夜してこのテープが貼られたと。
JUNE CHRISTY BOSSA NOVA/SAMBA DE UMA NOTE SO
こちらもボサノヴァ、伊盤のジュークボックス用EP音良し。但し、ジャケットはザラ紙。A面の”BOSSA NOVA”は夫であるボブ・クーパーによるナンバー。アレンジも担当。流麗なストリングス。サックスソロもボブ・クーパーのものと思われる。ボサノヴァ・ムーブメントの一枚とだけでとらえるとしたら、もったいない一枚。ジューン・クリスティのヴォーカルを聴いていると、美空ひばりを思い起こしたりする。きっと、ひばりもこのあたりのレコードを聴いて勉強したのだなとしみじみ思う。
こうして、よく考えれば、その日、運勢は最悪、最下位。ハプニング連続のサイテーの一日だったにせよ、我々、レコードコレクターにとってみれば、その日終わりに一枚のいいレコードが買えれば、それは、もうそれで、運勢星座トップのゴキゲンな一日にとってかわってしまうことになるのだ。そしてそれは、何があったにせよ、心地の良い記憶として変化する。記憶に残る。私にとって、レコードを買う行為とは、もしかしたら自身、知らず知らず、良き思い出を、小確幸の日々を、積み重ねるそういった行為なのかも知れない。だからこそ、レコードを買うことはやめられないのだ。レコードだけの人生、としてもだ、いいじゃないか。