小雀俊二のレコード・コレクター珍士録 第三回 |
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2019年 09月 16日
もうESPまでくるとただただ脳内グルグルです 伊井安兵さん 今回のレコード・コレクター珍士録は米のアンダーグランド老舗フリー・ジャズ・レーベルであるESP-DISKの完全コレクターを目指しているという伊井さんのお宅を訪ねた。 伊井さんの下のお名前は”やすへい”さんということで間違いないですか? いいやすへいさんと。 はい。そうです。ですが、家族からはやすぴーと呼ばれています。 えっ、やすぴー、いい・やすぴー、ESP、ウソだー。(笑)まあ、いいか。 まず、伊井さんがESP、フリー・ジャズに嵌まったそのきっかけを教えて下さい。やはり、コルトレーン、もしくはスピリチュアル・ジャズなんかを通ってですか? 実はまったくジャズは通っていないんですよね。 コルトレーンもマイルスもビル・エヴァンスも? そうなんですよ。意識して聴いたことは一度もありません。 いきなり、ジョゼッピ・ローガンに行ったと。 まあそうですが、長くなりますけど、いいですか? 構いません。そういう趣旨のものなので。 まずは、やはり、ビートルズです。ジョンとヨーコの「未完成」というのを手に入れて聴いて、なんだ、これはと。 そうですね。そうなりますね。それ、おいくつの時ですか。 中学三年の時です。 いや、そういう人いましたよ。なぜか、あのレコード中学生なのに持ってる。で、学校に持ってくる。クラスメイトはおっ、ジョン・レノンだとなるが、結局、なんだこりや! 高校時代は、プログレからカンタベリーへ行きます。その後、カンを知ってジャーマン・ロックへと突き進むのですが。で、性格が根暗なもんで、暗い音楽聴くと落ち着くんです。 その頃の愛聴盤といえばなんですか? シド・バレットのソロ・アルバムありますよね。 はい、あれですか、あのレコード物凄く好きな人いますよね。 それが、私です。 カンで一枚を選ぶとしたらどのアルバムになりますか? いや、完成度でいうのと、あとカンは音楽のごたまぜ感がいいんで、とても一枚選び切れません。昔、カンが好きなんですかって、知り合った女性に言われまして。えっ、てんで、ビックリしましたら、私もって、愛は勝つ。いいですよねって。 なるほど・・。こりゃ、切ない。 そんで、就職しまして、会社の先輩にヴェルベット・アンダーグラウンドの大ファンの人がいまして、その人に影響されて、ヴェルベット全般を聴くようになりまして。 ああ、ここで、ESPとつながりましたね。彼ら、ヴェルベット・アンダーグラウンドは活動の初めESPレーベルからリリースを考えていたという事実があります。 そうでしたよね。ぼくも後から知りました。 あのバナナジャケットではなかった可能性がある。 で、その会社の先輩なんですが、恐ろしく仕事の出来ない人で、半ばクビのような感じで会社を去っていたんです。 二人だけで渋谷の飲み屋でお別れ会をやって、終電の少し前で、じゃ、元気で頑張って下さいって、で、そういえば、お宅はどちらの方でしたっけッて聞いたら、その先輩が、二子玉川って、そんで、にこっと笑って、ヴェルベット・アンダーグラウンド&ニコタマって。そんで、東横線のホームに消えていかれました。 うは、捨て身の一発ギャグですね。猛烈にじ~んときました。(泣) ぼく、対人恐怖症で、コミニケーション能力絶対ゼロ℃度で、職場で人間関係築けないタイプなんですけど、その人とだけは気が合って。 今、お仕事は? 派遣に登録して、いろんな会社を転々と。 それって、大変じゃないですか? いや、毎日定時で帰れますし、飲み会とかも誘われないし、社員になって昇進して、部下に指示するとか絶対ムリなタイプで。注意するとか、叱るとか絶対ムリす。リーダーとしての資質もゼロですし、まあ自分根暗なんで、誰かがぼくに興味を持つこともないんです。でも、ぼく、エクセルとワードとか出来るんで、割かしいい時給もらってますし。 いや、充分興味深いですよ。こうして、珍士録出てもらってますし。 でも、少し痩せすぎですね。ご飯ちゃんと食べてます。 ドゥルッテイ・コラムのヴィニ・ライリーに似ているって言われませんか? さっき、うまか棒二本食べました。まったく、食べることに興味なくて、働いたお金は全部レコード代でなくなります。 まあ、さすが、レコード・コレクター珍士録。で、そこから、ESPが・・・。 いや、まだなんです。だから、長いと。 でそれから、暗い音楽ばっかりです。ジョイ・ディヴィジョン、テレビジョン、ジャックス、PILにはかなり嵌まりました。ジョニー・ロットン改めてのジョン・ライドンは実は引きこもりのオーディオ・マニアなんですよ。それで、聴くのは、レゲエとカンだったと。 なるほど、彼は、内弁慶ではなくて、外弁慶だったんですね。 そんで、アート・リンゼイのDNAに出会ったんです。地下水道ものという映画ジャンルならぬ、地下水道ミュージック。天井から水がポタポタ滴って落ちてくるような。拷問部屋から聞こえる悲鳴のようなヴォーカル。聴く度にゾクッと鳥肌たって。 いや、これはもう絶対、日本の猛暑にあう音楽ですね。 そして、フリクションのツネ・マサトシさんのソロ・アルバムPASSレーベルから出た45回転12インチ。これもまた、そうした空気感にあるレコードです。それで、ぼく的にはESPレーベルのレコードを聴くとき、これらのレコードを箸休め的に聴くと、実にしっくりくるんです。 おおっ、なるほど、つまり、DNAの音楽性もまた、ESPの時代のニューヨークの匂いを持っていると。いや、実に面白い。というのは、時代もジャンルも違う音楽だけど、根底にあるものヴアイブスが共通している。抑圧された者の叫びなんですよね。地下からの、地下水道からの。 それで、何かのきっけかけで、ESPを聴いた時に、ぼくこれ、初めて聴くようような音楽じゃないと。 まさしく、その通りです。 で、初めて聴いたESPの作品は? バイロン・アレイ・トリオだったと思います。確か、この録音の真っ只中、実子が誕生したというニュースがあって、この録音が、いっそう即興性の強いものになったと。そんな話しを聞いたことがあります。 うは、、喜び、祝辞の賛歌でもあるわけですね。それは知りませんでした。 あとは、リハーサルの必要はない。そういえば、リーダーとしての方向を与えさえばよい、みたいな発言もしていたようです。 その方向とは、一体どんなことを言っているのでしょうか。 「つまりはその瞬間の表現は、周囲に起こっている諸現象をいかに感じたかによって発生する。即時的なものが人生だ。ぼくはその即時的なものによって生きている。だから、瞬間的な体験を放出するんだ。それが、方向になってグループ演奏が展開されていく」 このようにバイロン・アレイは語っています。 これは、なるほど。これは当時、二十五歳の黒人の若者の発言でもあるわけですが、凄いですね。これは、フリー・ミュージック全体に対しても言える言葉ではないかと思います。 他に印象的なアルバムをお聞かせ下さい。 このミルフォード・グレイブスのアルバムですか、彼のドラムとパーカッションの作品ですが、なんとサイド・メンバーにもう一人ドラム、パーカッションがいるという。それで、言いたいのが、ドラムというリズム楽器ながら、基本的なリズム・パターンは一切出てこないという。恐らくは、打楽器のみで、音としての風景、色彩、心象を表現したいという試みがあると思います。 なるほど、非黒人的な感覚でもあるわけですね。これだったら、日本の富樫雅彦さんのレコード聴くぜっていう人もいるかと思います。でも、黒人があえてなぜ。 その黒人が、黒人のリズムのノリから脱却したかったんではないのかなと思っていますが。確かに何処の国の音楽だか分らないというのはあります。能楽のような感じもあります。 だけど、ぼく、ずつと音楽聴いてきて、このESPの音楽に出会って、初めて黒人の音楽を聴いたということになります。 なるほど、確かにそうだ。純正なジャズやソウル・ミュージックを聴いてきてないわけだから。 で、思ったのは、初めて黒人音楽に触れて、ブルースとかソウルとかよくわからないんですが、黒人というのは感覚で、えい、やっ、っていう感じで音楽になっていく、してしまう感じが物凄くあるんですよね。これはもう理屈じゃないです。ESPの黒人アーティストはみなその感じがあるんです。 しかし、ESPは黒人のフリー・ミュージックだけではない白人のこれまた進歩的なジャズもありますよね。 そうです。このあたりもかなりぶっ飛んでますよ。ピアノなら、バートン・グリーン、それから、ラン・ブレイク。この人のピアノはどっか変で、どんどん横道にそれていく感覚があります。あと、ドイツ人のビブラフォン奏者カール・ベルガー、リズミックな躍動感と色彩的な感覚。で、なんか一筋縄ではいかない雰囲気。ESPのこれが代表作になると思います。ビブラフォンを奏する時の自然発生的に発してしまう、そのミャア、ミャア声、凄く気持ち悪いんです。 何か、他にESPのこれでもかというレアなやつお持ちですか? これはレアなのか分からないんですが、バートン・グリーン。このジャケット、ニワトリなのかな? これ、以前、大宮のユニオンで1200円で見かけて、なんかこのジャケットでしょう。気がのらなくてパスして。だけど、段々と気が変ってきて、あれ、凄いレア盤じゃなかったのかなって。数日後行ったら、なんと売れてて。ずっと探してまして、で、この間、下北沢で買った時は、3450円でした。 このレコードはジャケの感じから行くと、物凄いサイケなわけ分らんレコードなのを想像するんですけど。これは、ピアノ・トリオによる純粋な王道フリー・ジャズです。B面の1曲目の”TREE THEME”というナンバーがすごく美しい箇所があってグッときます。ジャケットの感じからいい意味で裏切られます。これ、持ってる人の感想をぜひ聴いてみたと思ってます。 なるほど、そうですね。なぜ、この人は、デニー・ザイリトンとかポール・ブレイのようになれなかったんだろう。 あと、こういうESPも含め、こうした時代のこうした音楽、あえて聴こうという雰囲気になれないというのもあるんですが。不安とか、ダークの雰囲気とか。昨今、災害とかも頻繁にありますし。でもなんですか、このような音楽のなかにも、美しい部分、落ち着く部分あるんですよね。あなたは、そうした部分に耳を澄ませることが出来る。 いや、ありがとうございました。 最後に、ESPの魅力を一言で。 一言ではとても、ただ、こうした音楽というのは聴く者に限りなく想像を与える、何かを予感させる音楽でもあると思います。どう解釈してもいい。どなたかのESPがあり、そして、ぼくのESPがある。ミュージシャンの音楽に対する自由があり、また聴く者の大いなる自由があるという。それはやはり素晴らしいことです。 昨日、映画”ブルーノート・レコード ジャズを超えて”を観てきたんですけど、その最後でウエイン・ショーターがこんなことを言うんですよね。 楽器はあくまでも道具に過ぎない。大事なのは、それで、自己を語ることだと。 我々レコード・コレクターは楽器を演奏することはできませんが、音楽を語ることで、自己を表現できると思いませんか。あなたは、冒頭、自分はコミュニケーション能力ゼロ℃だっておしゃってましたが、音楽を語ることによってそれが可能になる。それもまた素晴らしい。 これ、いつ発売されるんですか? いや、これは、住所のない宛先のない手紙を書くようなものです。 はい? 瓶にメッセージを書いて海に流すようようなものなんですよ。 えっ。 でもね、川べりの古民家カフェで梅の花を見ながら毎年、バートン・グリーンのレコードを聴くというオーナーいるかも知れないんですよ。あのニワトリ・ジャケットの・・・。 そんな人、いますかね・・・。 えっと、もう一度、お名前、伊井安兵、いいやすへいさん。 いえ、いい・やすぴー、です。 ウソだー。(笑)
by senriyan
| 2019-09-16 22:04
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